【My Story(私物語)】誰かとの比較は止め、評価を求めない

 

こんにちは。

出会いを生み出す婚活準備の専門家 あやのはるかです。

 

今日は、婚活の話から離れて、自分史(私物語:MyStory)をちょこっとお話ししようと思います。

 

自分史を掘りおこしてみる効果

 

小中学生の頃って、言われたことや周りの大人の態度で、自分の中に、無意識にルールが作られていく時期だと思うのです。

無意識に自分に課してしまっているルールって、本当は守らなくてもいいものかもしれない。もし、自分に課しているそのルールが違うものだったら、人生もちょっと違う方向に行っているかもしれない。

 

訳の分からない息苦しさや不自由さ、なんでこんな風に考えてしまうのだろう・・という想いをあなたは抱えていませんか?

小学生頃の出来事を掘ってみて、当時どのように考え感じていたのか、何が見えていたのかを思い出してみると、原因がわかるかもしれません。

 

原因がわかれば、その出来事に対する意味づけを変えてみることで心が軽くなり、あっさり問題が解決する事があります。

また、本当にやりたかっとこと・好きだったことが思い出され、今日からの行動に変化をもたらす効果もあります。

 

 

すごくうらやましい同級生がいました

 

中学1年生の時の事です。

 

その同級生のニックネームはnon。

ご両親からは名前をちゃん付けで読んでもらい、いつもかわいい素敵な服を着ている。

お父さんの仕事は銀行の支店長、もちろん一軒家住まいで、その大きさからも裕福な家庭だとわかる。

 

家での出来事を話す彼女からの表情からは、両親から愛情たっぷりに育てられているという雰囲気がたっぷり伝わってくる。

母親と仲良しそうにお出かけをしている姿を見かることも、よくあったっけ。

彼女は頭がとても良くて、テストはいつも90点以上。

だけど、100点が取れないと悔しくて、さらに努力をするという彼女はすごいなと思った。

 

顔もかわいいし、スタイルもいい彼女は、明るく誰からも好かれる性格。

担任の先生はみんなの前で彼女をよく褒めていたっけ。

ニックネームがNonちゃんだったが、担任の先生は「Non(無い)ではなく、脳が足り過ぎているのよね。完璧だわ」って。

 

ホント、完璧に近い存在でした。

ただ、その友達にも外から見たらわからない苦悩や悩み息苦しさはあったかもしれないのだけど・・・。

 

彼女は別世界の人で、何もかもを持っているようで、とてもうらやましかったです。

 

一方、私の場合は・・

 

 

私は、顔は普通だと自分で思っていたけど、スタイルは明らかに悪い。

あの子脚が太いよねと、陰で(・・というより、明らかに聞こえるように)よく笑われた。

 

父が難病で入院するなど、母が家計を支えていたため裕福ではなく、借地の上に立っている狭い中古住宅住まい。

両親からは、名前は呼び捨て、私を見る母の目からは、愛情を感じるというよりいつも何か疑いを掛けられているような気がしました。

 

服もほとんど買ってもらえず、いつも同じ服を着ていました。

 

母と楽しくおしゃべりしながら出かけた記憶もなく・・毎週日曜日に連れていかれたのは、母が信仰していた宗教の施設だったけ(笑)

その施設では、母は良く笑い、輝いているように見えました。

 

明らかに、花の表情が家の中とは違うのは唯一の息抜きでい場所だったようですが、私はそこへ連れていかれるのがとても嫌で、友達に知られる事が恥ずかしかったのです。

 

何かにつけ「世間体がわるいから・・・」「身分相応に」という母。

ん? うちの家は、裕福でないから、地位も低いのか??

何をやっても褒められることはなく、頑張って結果が出たことを嬉しそうに報告しても「無視」に近い態度をされることも多かったのです。

 

母はどうやら、ほめることは、子供を甘やかすことだと思い込んでいたようです。

そんなつもりはないのに「調子に乗るな」的な言われ方をした事もよく言われました。

 

当時は専業主婦のお母さんが多かったのですが、母は毎日仕事に家事に宗教活動に大変そうだし、父は入院中だし、疲れているのだろうなとわかっていても、寂しい気持ちでした。

 

自分の存在を消してしまいたい

 

そのうち私は、人の顔色をうかがい、いかに目立たないようにするかを優先することにばかり神経を注ぐようになっていました。

 

まじめな性格だったので、制服は改造することなく既定の物を着用し、細かい学校の規則はちゃんと守っていました。

自分には価値がない、目立ってはいけない、意見を言ってはいけない、人に頼ってはいけない・・・親の価値観の影響で自分の心にルールをいくつも作って自分を縛りつけながら大人になっていきました。

 

中学2年生の時、おしゃべりをする友達がいなくなってしまい、わざと息を長く留めて、「窒息死しないかしら」と、本気で試したり、存在を消してしまいたいと思うこともありました。

 

ある年齢までは、自分を縛っている不自由さを感じてたのに、そのうち不自由さが自分の無意識のルールとなっていき、それに気づいたのは、社会に出て、結婚し、出産をして、子供が大きくなってからです。

 

他人との比較や、評価を求めることは、自分を息苦しくする

 

 

あなたは、自分は不幸で不自由な存在だと思い込んで、自分以外の人は皆、幸せで満たされ自由に生きているように感じたことはありますか?

 

無いものではなく、あるものに目を向けましょうとは、よく言われますが、ついつい、人と比較してしまいますよね。

 

これからは、自分の成長のために、または向上するきっかけとして、自分に無いものに気づき手に入れようと意識する・努力するために、他人との違いを比べるようにしてはいかがでしょうか。

 

あるものに感謝し、もっと幸せを目指すために。

 

また、自分が頑張ったときや評価してほしいとき、それを他人に求めるのではなく、自分自身を認め褒めるようにできればいいですね。

他人は、あなたを評価するために生きているのではないと言われます。

きっと、見てくれる人は見てくれているし、心の中であなたを評価し感謝してくれている人はきっといます。

 

今日のお話はいかがでしたか?

何か気づきやヒントにつながることがあれば嬉しいです。

ここまでよんでいただき、ありがとうございます。

あやの はるか